22 歳の春。同期 800 人が並ぶ入社式。 壇上の役員の話が長引くなか、ISTJ のあなたは配られた式次第の誤字をひとつ見つけて、こっそり赤ペンで直していた。 配属は、システム開発部の運用・保守チーム。会社の基幹システムを止めずに動かし続ける部署だ。 同期には「地味だね」と言われた。でも ISTJ は内心ちょっとうれしかった。「ここは、手順がある場所だ」。 ISTJ はすぐに頼られた。 誰も最後まで読まない分厚い運用マニュアルを隅から隅まで覚えていた。夜中にシステムが止まっても、慌てない。過去に同じ障害が起きたときの記録を引っぱり出し、手順通りに、淡々と直す。 正直、ISTJ が一日でいちばん落ち着くのは、障害対応チェックリストの一行目にチェックを入れる瞬間だ。本人は、大真面目だ。 ひとつだけ、どうしても飲み込めないものがあった。 それは、制度の面倒くささ——ではない。 Slack で 3 分で決まった話を、わざわざ紙に印刷して、課長、次長、部長とハンコを集めて回る。あれを ISTJ は「むしろ正しい」と思っていた。「記録が残るし、誰がいつ承認したか、後で必ず追えるから」。 飲み込めなかったのは、手順を飛ばす若手のほうだ。「とりあえず動かしてみました」と言われるたび、ISTJ は静かに胃が痛くなった。 25 歳。「サブリーダー、やってみないか」と打診が来た。同じ頃、「海外、行ってみる気はあるか」という話も来た。 ISTJ はどちらも丁寧に断った。 人をまとめることにも、目立つことにも、興味はなかった。自分が守るこのシステムをもっと深く知りたかった。 ——積み上げてきたものを置いて、知らない場所でゼロからやり直す。それが ISTJ には、いちばん落ち着かない生き方だった。




