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ESFP(エンターテイナー) の立ち絵
Scenario / Zombie / Long

世界が終わった夜、あなたはこう動く

ESFP

エンターテイナー

最後まで、配信を切らなかった人の話

Prologue

「『これ、ひとりで抱えるより、誰かと今すぐ分けたい』——あなたの中にも、そう思った瞬間、ありますか?」 もし明日、東京がゾンビで溢れたら——あなたなら、どうする? 逃げる? 戦う? それとも、配信する? 人口 1400 万。MBTI 16 タイプ。生き残るのは、たぶん、ほんの一部。 今日の主役は、ESFP。 最後まで切れなかったその配信が、画面の向こうの誰に届いていたのか——これから見ていく。

Phase 01

20XX 年 X 月 X 日、火曜日のお昼ちょうど。 ESFP のあなたは、大学の昼休みにスマホを開いていた。 タイムラインの中に、バズりはじめた配信がひとつあった。 「え、これ、新宿駅?」 画面の中で、人が走っている。誰かが叫んでいる。 コメント欄が、ありえない速さで流れていく。 ふつうの人は、たぶん、ここで「逃げなきゃ」と思う。 家族は大丈夫か、家は大丈夫か、と、頭が回りはじめる。 ESFP も、こわかった。 でも、こわさと一緒に、別の心配も浮かんでいた。 ——これ、今、ひとりで画面を見てる人、手、震えてるだろうな。 ESFP には、それが、どうしても放っておけなかった。 こわい時間は、誰かと一緒なら、半分になる。 ESFP は、それを知っている人だった。 「……よし。私も、配信する」。 そうつぶやいて、立ち上がった。 これは夢でもゲームでもない。 それでも ESFP は、スマホのカメラを、自分のほうへ向けた。 外に出ると、人の波と、サイレンと、遠くの悲鳴があった。 そのまんなかで、ESFP は、配信ボタンを押した。 「はい、みんな、来たよ。今から、いっしょね」。 その声は、いつもの昼休みと、ぜんぜん変わっていなかった。

ESFP のゾンビサバイバル — 物語の幕開けの場面
Phase 02

で、ここがね、ESFP って『今を生き切る天才』でさ、その生き方が、見ていて、まぶしいんだよ。 ふだんの ESFP の頭の中には、いつも、ひとつの火が燃えている。 「目の前のこの瞬間を、誰かと一緒に、めいっぱい楽しみたい」。 その火が、ESFP を動かしている。 だから、「やばいやつ」が来た瞬間に ESFP がやったことは、逃げることでも、隠れることでもなかった。 カメラを回して、画面の向こうの人に話しかけることだった。 配信は、すぐに伸びた。 気がつくと、五万人が ESFP の画面を見ていた。 コメントが、滝みたいに流れていく。 こわい、という声。がんばれ、という声。どこにいるの、という声。 ふつうなら、その速さにのまれる。 でも ESFP は、その滝の中からたったひとつのコメントをすくいあげるのがうまかった。 「さっきから手が震えてる人、いるでしょ。うん、あなた。大丈夫、私も震えてるよ。一緒だね」。 ここ、ESFP を見ていて、すごいなと思うところなんだけど。 ESFP は、画面の文字の奥にある、その人だけの声色まで聞こえてしまう人なんだ。 たくさんの「大丈夫!」の中に、ひとつだけまざった、ほんとうは大丈夫じゃない「大丈夫」。 それを、ESFP は、聞きのがさない。 走りながら、ESFP はしゃべりつづけた。 道の名前を実況して、抜けられそうな角を教えて、こわがっている人の名前を呼んで、ときどき、自分で自分のことを笑った。 画面の向こうで、ひとりぼっちで部屋にいた人たちが、その声に、すこしだけ息をついた。 ESFP は、軽い人、その場のノリだけの人、って思われやすいでしょ。 でも本当は、誰かの顔がちょっと曇った瞬間を、誰よりも早く見つける人なんだよ。 そして、見つけたら、放っておけない人なんだ。 ESFP にとって、配信は、目立ちたいだけでやっていることじゃなかった。 「ひとりにしない」。 ただ、それだけのことを、ESFP は、自分のやり方でやっていた。

ESFP のゾンビサバイバル — 物語が動き出す場面
Phase 03

ただ、ここから、ESFP の火が、少しずつ、危ないほうへ向かっていく。 配信は、もう八万人が見ていた。 コメント欄は、ESFP の名前を呼ぶ声でいっぱいだった。 その光景は、ESFP にとって、すごくあたたかかった。 画面の向こうに、たしかに人がいる。 みんな、ひとりじゃない。 それは、ESFP がいちばん守りたかったものだった。 だから ESFP は、配信を切れなかった。 配信を切るというのは、ESFP にとって、その「みんな一緒」を、自分の手で終わらせることだった。 そのころには、コメント欄に、ちがう色の声も増えていた。 「後ろ!」「右、見て!」「もう逃げて、お願いだから」。 ほんとうに ESFP のことを心配している声だった。 でも、ESFP には、その声が、うまく届いていなかった。 こわい時間を、明るさで塗りかえる。 それは、ESFP のいちばん得意なことで、いちばん危ないことでもあった。 ESFP は笑って、こう言った。 「みんな、ほんと心配しすぎだってば。私、こう見えて、足だけは速いんだから」。 この先どうなるかを、ESFP はまったく考えていなかったわけじゃない。 ただ、一分後の危険より、今この瞬間、画面の向こうで震えている誰かのほうが、先に目に入ってくる。 そういう「まだ来ていない時間」は、ESFP の視界の端に追いやられる。 ESFP に見えているのは、「今」だけ。 今、画面の向こうに、八万人がいる。 それだけで、ESFP には、まだ笑う理由があった。 「ね、みんな見てる? このへん、もう——」。 その声の途中で、ESFP はふりむいた。 もう、すぐ後ろにいた。 「あ」。 噛まれた。 それでも ESFP は、配信を切らなかった。 カメラを自分のほうへ向けたまま、本人が、こう言ったんだ。 「やばい、みんな見てる? 私、噛まれちゃった」。 その顔は、最後まで笑っていた。

ESFP のゾンビサバイバル — クライマックスの場面
Phase 04

その配信は、半年で、八億回、再生された。 コメント欄のいちばん上には、こう書いてある。 「最期まで、誰よりも輝いてた」。 たくさんの人が、その一行に、いいねを押した。 でも、その配信がほんとうに残したものは、たぶん、そのコメントの中にはなかった。 あの日、東京のあちこちの部屋に、ひとりぼっちでいた人たちがいた。 鍵をかけて、電気を消して、息をひそめて、震えていた人たち。 その人たちは、ESFP の配信を見ていた。 ESFP の声が聞こえているあいだだけ、その部屋は、ひとりじゃなかった。 ESFP は、ほんとうは、知っていた。 ひとりの夜が、どれだけこわいか。 誰にも見られていない時間が、どれだけさびしいか。 よく笑う人ほど、その夜のことを、よく知っている。 だから ESFP は、最後まで配信を切らなかった。 自分が画面にいるあいだは、誰かを、ひとりにしないですむから。 最後まで、画面の向こうに笑いかけていた。 その声が届いていたあいだ、誰も、ひとりじゃなかった。

ESFP のゾンビサバイバル — 結末の場面

Epilogue

ESFP の選んだ朝、いかがでしたか? 「これ、絶対自分やる」「いや、私は絶対やらない」——どっちの答えでも、それは ESFP が間違ってるんじゃなくて、人間って、それくらい簡単に「誰かと、今を分けあいたい」のをやめられない、ってだけ。 その答えを考えると、たぶん、誰かの、よく笑う顔が浮かんでる。 「そんな場合じゃないでしょ」って言われても、誰かを笑わせようとする人、あなたの周りに、いませんか。

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