20XX 年 X 月 X 日、朝 7 時ちょうど。 ISFJ のあなたのスマホが鳴った。 画面には、「お母さん」。 「もしもし、ねえ、大丈夫? ニュース、見た?」 お母さんの声は、震えていた。 ふつうの人は、たぶん、ここで「逃げなきゃ」と思う。 自分の身はどうなるのか、と、頭が回りはじめる。 ISFJ も、こわかった。 でも、ISFJ の口から、先に出た言葉は、こうだった。 「うん、大丈夫。お母さんは? 家、ひとり?」。 そのあいだに、ISFJ の頭の中では、もう次のことが順番に並んでいた。 お母さん。家。隣のおばあちゃん。下の階の小さい子のいる家。 誰が、今、こわい思いをしているか。 電話を切ると、ISFJ は台所に立った。 炊飯器のごはんを、握れるだけ握る。ラップにくるむ。 冷蔵庫から麦茶を出して、ペットボトルに詰めかえた。 これは夢でもゲームでもない。 それでも ISFJ の手は、いつもの順番を探すみたいに動いていた。 外に出ると、人の波と、サイレンと、遠くの悲鳴があった。 近所のおばあちゃんを連れて、近くの小学校の体育館にたどり着いたのは、お昼すぎ。 誰に頼まれたわけでもない。でも ISFJ は、もう動きはじめていた。 水を配って、毛布を運んで、泣いている子のとなりに、ただ座った。 体育館の隅で、ISFJ の名前は、誰にも呼ばれていなかった。 それでよかった。




